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体制のauthorship、都市のauthority。

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体制のauthorship、都市のauthority。

D
Dulles

1 Views • Oct 12, 2013

Description

 私の理念の共同性体制への批判はここに尽力します。
 嘗て1980年代に蒼光通りを見学する機会がありました。金主席の古稀の祝に旧い市街を一掃して建てられた建築群でありましたが、モスクワでの生活で馴染みであったスターリン主義集合住宅の現代的翻案をそれらに見ました。慥かに画一的な建築様式ではなく、建築群全体の風貌がその配置と設計においてメリハリされてはいましたが、しかしモスクワのそれらと共通するのは、個人がいない建築群、個人の姿を消したものであったことです。理念の共同性の建築様式である、と。こんかいの高層住宅もそれらの更新かとおもいます。
 では一方でその対極にある社会はどうなのかなのです。こんどは逆に公を分解に次ぐ分解にしてやまない社会です。原子化する社会とその建築群すぎるのです。ですから建築は畢竟、公に向かいます、そういう衝動が建築そのものが持っています。丹下健三さんの「東京計画1960」を嚆矢として、それに反撥した世代。建築のリーベルヴァーグ世代といってもいいかとおもいますが、熊本県営保田窪第一団地のようになってしまう。そこに向かわざるを得ない。そして東京に巨大なスタジアムが拵えられるそうです。
 しかしこうした巨大建築物はそれ自体よりも、その周囲の景観、生活空間が一体で図られなければいけません。
 ここに日本が東京が最新鋭を活け乍ら実は古色蒼然たる前近代性の価値観のままなのか、それとも成熟した都市というもの、或はまた公と私が巧妙に融合する価値観を有しているのか──それが問われるかとおもいます。